「人生とは?」デール・カーネギーによる定義。
斎藤茂太さん著「続 いい言葉は、いい人生をつくる」を読んでいました。
そこにデール・カーネギーの人生の定義が書かれていた。
人生とは今日一日のことである。
なるほど。
これはぜひ見習いたい考え方。
①一日一生。
一日一生。
これは一日を一生かのように生きろ、ということですよね。
この言葉を座右の銘にしている人も多い。
たとえば、松井秀喜もそう言っていた気がする。
②未来のことを考えすぎない、という考え方が必要?
未来のことを考えることは必要。
今からやっておけることを備えておくことは重要。
ただ、だからといって未来について考えすぎてしまうのはダメなことなのかもしれない。
いくら未来のことを心配しても、思い描いた未来がやってくる保障はない。
そんなやってくるか分からない未来について考えるのは意味がない。
③今に集中する=手を動かす。
未来のことを考えない。
そのためには、手を動かして今に集中する必要がある。
結局はそういう当たり前のことに帰ってくるのかもしれませんね。
抽象的な未来より、具体的な今。
そのためにはとにかく手を動かし続けること。
そういうことが必要なのかもしれませんね。
おわりに
ということで、デール・カーネギーによる人生の定義でした。
人生とは今日一日のことである。
今日どころか、できれば今という一瞬に集中することを目指したいですね。
「仕事とは?」松浦弥太郎さんの考える定義。
松浦弥太郎さん著「考え方の工夫」を読んでいた。
そのときに仕事に関する定義が出てきました。
仕事とは、親切とまごころと工夫。
なるほど。
こういう定義の仕方があるのか。
シンプルだけど、こうやって考えたことはなかった。
「仕事とは〇〇だ」と無理やり1つのものとイコールで結ぼうとしていた。
仕事とは○○だ。
そうやって、仕事を無理やり1つのものとイコールで結ぼうとしていた。
- 仕事=相手の役に立つこと。
- 仕事=お金を得ること。
みたいな感じに。
ただ、実際には仕事にはいろいろな要素が含まれている。
シンプルに定義するのは分かりやすいかもしれないけど。
そうやってシンプルに定義すればいいというわけでもないかも。
仕事とは、親切とまごころと工夫。
仕事とは、親切とまごころと工夫。
これが松浦弥太郎さんの仕事の定義。
なるほど、何を大切にされているかが分かりやすい。
「努力」ではなく「工夫」というのがいいですね。
努力は独りよがりだけど、工夫とは頭を使った行為。
自分にとっての仕事は、〇〇+△△+□□。
じゃあ、自分にとっての仕事って何だろう?
そうやって考えてみた。
- 他人の役に立つこと。
- 自分の成長が結果的に他人の役に立つこと。
- 分かりやすく伝えること。
とりあえずこんなものしか思いつかなかった。
他人の役に立つことは分かりやすい。
そして、それを長期的に行うためには、自分が満たされ続けることで実現できる。
また、自分にとっては書くことが得意でラク。
総合的に考えて、この状態を保つことが自分にとっての天職。
おわりに
ということで、松浦弥太郎さんによる「仕事」の定義でした。
仕事というものを無理やり一語で表現しようとしていたけど。
実際にはいくつか組み合わせたほうが正確な定義になるかも。
一度、自分にとっての仕事というものを定義してみてはいかがでしょうか?
三木谷浩史さんの「プロフェッショナル」の定義に、一部の隙もなかった。
三木谷浩史さん著「成功のコンセプト」を読んでいました。
そうしたら、プロフェッショナルという単語を定義されていた。
それがこちら。
僕が捉えているプロフェッショナルとは、1日24時間、1年365日、どこにいても何をしていても仕事のことを考えている人のことだ。
①一般的には、これは危険な兆候?
仕事以外のときでも、仕事のことについて考えている。
それは一般的には、危険なサインのようにも見える。
「脳が休まっていない。」
「仕事に囚われている。」
そう思ってもおかしくない。
②「仕事に頭を支配されている」と「プロ」は紙一重?
いつも仕事について考えいてる。
- 「仕事に頭を支配されている」
- 「プロフェッショナル」
これはどちらも仕事以外の時間で仕事について考えている状態。
だけど、一方は不健康でもう一方は健康に見えますね。
③自分の場合はどちら?「好き嫌い」vs「自然不自然」。
自分の場合はどちらなのだろう?
- 自分は仕事に支配されているのか?
- それともプロの素質があるのか?
これは2つの軸で考えられそうですね。
一つ目は好き嫌い。
この仕事が好きか嫌いか。
仕事を好きかどうかで判断するのが普通。
ただ、もう一つ軸がありますよね。
自然か不自然か。
ただ、自分で判断するのは難しいですよね。
あんまり考えすぎるのも良くないと思ってしまう。
おわりに
ということで、三木谷浩史さんによるプロフェッショナルの定義でした。
仕事が好きかそうかでないか。
自然か不自然か。
どうせ仕事をするなら、そういうものに寄り添いながら決めたいものですね。
「人生」とは?サミュエル・バトラーの定義で時間を無駄にしないようにしよう。
人生とは何か?
こう問われたら何と答えますか?
- 人生には意味はない、だとか。
- 人生とはヒマつぶし、だとか。
いろいろな考え方があって面白い。
そうやって人生を定義しているのを見るのが好き。
ということで、今回はこのような人生の定義を見つけました。
人生とは不十分な前提から十分な結論をひきだす技術である。
これはイギリスの小説家サミュエル・バトラーからの言葉。
なるほど。
これも的確に人生を言い表している言葉ですね。
人生で、100%の情報がある状態から選ぶことはない。
これはその通りですよね。
すべての情報が出揃った状態で何かを選ぶことなんてほぼない。
いつだって誰だって情報不足の状態から何かを選択する。
100%の情報を得るまで待つな!
「情報が出そろうまで待つな!」
そういうことが言いたいんですよね、たぶん。
ああ、耳が痛い。
「100%の情報が出そろうまで決断を後回しにしよう」
それではダメ。
90%、80%、それどころか50%くらいで決断すべきなのかも。
ジェフ・ベゾスも50%の情報で決断するみたいなことを言っていた気がする。
決断→失敗→また決断
そうしたらやるべきは決断し慣れることかもね。
別に決断そのものは間違えてもいい。
それよりも問題はいつまでも決断しないこと。
おわりに
ということで、「人生とは不十分な状態から十分な結論をひきだす技術である」ということでした。
決断できない。
その要因の一つは、充分な情報が揃うまで待つという姿勢を取っているから。
そうやって情報が出そろうことが来ることは100%ないのにも関わらず。
ということで、決断しちゃおうぜ、みたいなことを思ったということでした。
「価値ある人生」とは?アインシュタインが思う定義がちょっと意外だった。
「価値ある人生」
それはどんなものか?
って訊かれても分からない。
生きているだけで価値があるんだ!
そういう優等生的な回答しか思いつかない。
そんな質問にアインシュタインが答えている。
ほう、自分で答えるよりアインシュタインがどう考えているかのほうが気になる。
ということで、アインシュタインの回答がこちら。
他人のために尽くす人生こそ、価値ある人生だ。
これは「アインシュタイン150の言葉」からアインシュタインの言葉。
へえ、意外。
アインシュタインは舌ベロを出してる変わった人というイメージしかなかった。
アインシュタインというと、
- 舌を出してカメラ目線。
- 天才であり変人。
- 自分の好きなことにばかり夢中になっている。
そういうイメージしかなかった。
他人のために尽くすこそ、良い人生。
ただ、この言葉を見る限りは、実は人格者?
でも、アインシュタインの場合は自分の好きなことをしていたら、たまたま他人の役に立った、みたいなことだと思うんだけど。
違うのかな。
好きか他人か。
どちらから出発にせよ、結局は他人のためになったんだからそれは良い人生なのかも。
「好き」出発or「他人」出発?
- 自分の好きなことをする。
- 他人のためになることをする。
これってどっちから手を付けたらいいのかなあ、と思っていた。
で、考えた結果、両方同時に始めるのがいいのかもね。
他人の役に立ちながら、自分の好きを極める。
そうすると、その2つがある1点で交わったときに、爆発的な価値を生み出すのかもしれない。
おわりに
ということで、アインシュタインが思う価値ある人生でした。
価値ある人生とは、他人の役に立つこと。
という、まるで教科書のような回答だったわけですが。
これがアインシュタインが言っていることに大きな意味があるのかもね。
あのあっかんべーをしているおじさんが言うからこそ、説得力が増すのかもしれないなあ、と思ったということでした。
「お金」とは?ウォーレン・バフェット氏の定義が結局はお金の真理なのかもしれない。
お金とは何か?
- お金とは交換機能。
- お金とは価値尺度。
- お金とは価値貯蓄。
そういう機能があることはある。
そして、それらは正しい。
ただ、お金の真理を考える上では、もうちょっと違う視点でもって考えなくちゃいけないのかもしれない。
結局、多くの人にとってお金とは何か?
お金を多く得たいと思ったら何を意識すべきなのか?
こんな言葉に出会いました。
大事なのは、自分が好きなことをとびきり上手にやることで、お金はその副産物にすぎない
これは小森圭太さん著「科学的 お金と幸運の引き寄せ方」からウォーレン・バフェットの言葉。
なるほど。
お金とは副産物。
これは、お金を目的にするな、と言っているようにも聞こえますね。
お金を追いかけてもお金は得られない
お金がほしい。
だけど、お金が得られない。
その理由として挙げられるのは、お金自体を最初から追いかけていることにあるのかも。
お金を払うのは人間であって、人間を無視してお金を考えることは間違っているのかもしれないですね。
お金を追うな、仕事を追え
よく言われるのは、お金を追うのではなく、仕事を追え、みたいなこと。
お金を直接追ったところで得られない。
それは多くの人がやっていること。
そして、多くの人が達成できていない。
一方で、できる人というのはまずは人の役に立つことをやる。
そうやって仕事で問題解決することでまずは人の役に立つことをしていますね。
好きなことをとびきり上手くやる
「好きなことをとびきり上手くやる」
この前半の言葉も印象的ですね。
好きなことをやるだけではなく、上手くやる。
上手くやるとは、相手に伝える努力をしていることだったりをしている状態のことを指すのかも。
そうやって好きなことを中心に人の役に立つことを主目的とする。
そうすると、その副産物として得られるものが大きいということかもしれない。
最初から副産物を狙うのではなく、まずは他にやることがあるんだな、ということが今回で明確になった気がしました。
「嫌いな人」とは?苦手な人を感情じゃなくロジックでもって制する。
- 嫌いな人。
- 苦手な人。
そういう人っていますよね。
その人の存在を感じ取るだけで、嫌悪の感情が心の中にブワーッと充満していくのが分かる。
でも、いつまでもそうやって感情に任せておくわけにはいかない。
人間は感情的な生き物らしいけど、でも同時にロジカルに考えることができるのも人間の強み。
ということで、こんな言葉に出会いました。
嫌いな人は、あなたのルールを破っているだけ
これは鶴田豊和さん著「めんどくさいがなくなる本」からの言葉。
これは、なるほどな言葉。
自分でつくったルールを、自分で守っているだけ。
自分には自分だけの性格や価値観がある。
それに基づいた自分ルールを持っている。
それを自分で守っている。
その自分ルールを守ってくれる他人は許せる。
自分ルールを守らない他人は、敵?
ただし、そんな自分ルールを守ってくれない他人。
それは許せない。
それが人というものらしいですね。
だけど、それって他人からしたら理不尽なことなのかもしれない。
自分ルールというものを勝手につくるということは、自分勝手にこの世界を捻じ曲げているともいえる。
そんな自分勝手な
誰も他人から嫌われたくない。
「他人から嫌われたい人は、いない」
これって真理ですよね。
誰の立場になって考えたとしても、これだけはたしかなこと。
これに気づいてからは多少は他人を許せるようになった。
おわりに
ということで、嫌いな人はあなたのルールを破っているだけ、ということでした。
自分が世界の中心だと思う。
そうすると、他人というものを許しにくくなってしまうかも。
だから、自分はこの世界の一員であって、中心ではない。
そうやって考えると、多少は他人を許せるようになれるかもしれないですね。












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